大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所小樽支部 昭和36年(ワ)124号 判決

判   決

原告

阿部静

阿部桂子

阿部裕

右三名訴訟代理人弁護士

小泉喜平

被告

斉田工業株式会社

右代表者代表取締役

斎田英一

右訴訟代理人弁護士

山崎小平

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告らは「被告は原告阿部静、同桂子に対して各金一三八万五九六五円、原告阿部裕に対して金一一三万五九六五円および右各員に対する訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二原告らの主張

(請求原因)

(一)  訴外阿部正己(原告静の夫であり、同桂子の父であつた)は昭和三六年五月一五日午前九時頃自己所有のスーパーカブ(第一種原動機付自転車)を運転して小樽市入舟町十字街から入舟大通りを港町方面に向つて進行し、同町三丁目一七番地石油販売店丸尾商会前付近に差しかゝつたところ、同商会駐車場から被告保有の小型四輪トラック(運転者阿部豊実)が右進路上に後退して右スーパーカブの左側面に激突し、そのため阿部正己は道路上に転落し、コンクリート舗装道路に頭部を強打して同日午後一時過頃死亡するに至つた。

(二)  被告は右トラックを保有して運行の用に供していたものであり、本件事故はその運行中に生じたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により、被告は原告らに対し正己の生命侵害によつて原告らが蒙つた損害を賠償すべき義務を負うものである。

(三)  右損害額は次のとおりである。

(イ) 各原告につき金一一三万五九六五円(生活費喪失による損害)。

右正己は死亡当時満五四才であつて、かねて左官業を営み、一年間の実収(総所得額から必要経費を控除したもの)は金五五万円余であり、これによつて原告ら三名を扶養してきた(原告裕は正己の生存中家族として扶養される条件のもとに原告桂子と入夫婚姻した)。従つて正己の死亡により原告らは各自一ケ年につき右実収の四分の一である金一三万七、〇〇〇円の生活費を喪失したことになるところ、満五四才の男子の平均余命年数は一八年であるから、右の割合によつてこれを算出した上ホフマン式計算法によつて中間利息を控訴すれば、原告らは各金一三〇万二六三一円の得べかりし生活費を失つたことになる。ところで原告らは昭和三六年七月二七日正己の自動車損害賠償責任保険金五〇万円を受領したから、原告ら各自につきその三分の一である金一六万六六六六円を前記金一三〇万二六三一円から差引くと、金一一三万五九六五円となる。

(ロ) 原告静および桂子につき各金二五万円(慰藉料)

右原告両名はその夫、または父を失い、精神的に多大の打激をうけているから、これを慰藉するためには諸般の事情を考慮に入れると、各人につき金二五万円が相当である。

(四)  よつて被告に対し原告静および桂子は各金一三八万五九六五円、原告裕は金一一三万五九六五円と右各金員に対する訴状送達の翌日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の抗弁に対する陳述)

抗弁事実中(ロ)を否認する。本件事故は被告方運転者阿部豊実の過失に基因するものである。すなわち、運転者たる者は自動車を後退させて道路に出ようとするときは、特にその後方を注視して徐行すべきであるにもかゝわらず、右阿部はかゝる注意義務を怠り、しかもかなりの速度で後退したゝめ、被害者正己は前方を注視して進行していたけれどもこれを避けるいとまがなく、激突されるのやむなきに至つたものである。

第三被告の主張

(答弁)

請求原因事実中、(一)のうち被告保有のトラックが被害者の運転するスーパーカブに激突したとの点を争い、その余は認める、(三)のうち、被害者が左官業を営んでいたことおよび原告らがその主張の保険金を受領したことは認めるが、同人の年令および収入の点は不知、その余はいずれも否認する。

(抗弁)

被告には左記理由により本件損害賠償責任はない。

(イ)  被告およびその運転者は自動車の運行につき何等注意を怠つていない。すなわち、被告は会社内部における自動車の管理を厳重にしており、運転者がこれを使用するときは営業所長の許可を得た上で車輛係長から鍵を受領することになつていて、その際係長は常に運転者に対して必要な注意を与えていたし、運転者においても右方法を忠実に守り、自動車の運行にあたつては注意を怠らなかつたのであり、本件トラックの運転者阿部豊実にあつても同様であつて、本件事故発生については何等の過失がなかつた。

(ロ)  本件事故は被害者正己がスーパーカブの運転を誤つて事故現場に停止中の被告方トラックに接触したゝめ生じたものであつて、専ら正己の過失に起因する。すなわち、右トラック運転者阿部豊実は車を港町方向に後退させて車道に出るべく、助手石岡進を車道上に立たせて同人に誘導させていたところ、石岡は六三米位手前に前記スーパーカブを発見したので、直ちに阿部豊実に合図をしてトラックを停止させてスーパーカブの通過を待つた。その際右トラックは車道上に車体を約三、七米つきだしたまゝ停止したが(すぐ傍の入舟十字街寄りに小型自動四輪車が歩道に添つて駐車しており、右トラックはこれから少くとも一米二、三〇糎つき出た形で停止した)、右車道の巾員は一二米であり、かつ付近には当時他に走行車輛はなかつたから、正己が正常な運転をつゞける限り、事故発生の可能性はなかつたにもかゝわらず、正己は右道路が下り坂(一〇〇分の五の勾配)になつているのに敢て減速することなく漫然と進行したゝめ、停止中の右トラックに自ら接触したものである。

(ハ)  右トラックには当時構造上の欠陥ないし機能上の障害はなかつた。

第四証拠≪省略≫

理由

一(証拠―省略)によれば、被告保有の小型四輪トラック運転者阿部豊実(被告会社従業員)は、昭和三六年五月一五日午前九時頃通称入舟大通りに面した小樽市入舟町三丁目一七番地石油販売店丸尾商会駐車場で洗車した後、入舟十字街に向うべく駐車場から歩道を横切つて車道に出ようとし、車体後方を右十字街と反対方向である港町方面に向けながら車を後退させるうち、車体左後尾部分が車道側端から約三、七米の地点にあつたとき(当時右トラックが停止していたかどうかは後にふれる)、折柄右十字街から進行してきた阿部正己(被害者)の運転するスーパーカブ(第一種原動機付自転車)が右トラックに接触し、被害者は車と共に転倒してコンクリート舗装道路に頭部を強打し、そのため同日午後一時頃死亡するに至つたことが認められる。

右事実によれば、被告は自動車損害賠償保障法第三条に所謂自己のために自動車を運行の用に供するものであり、その運行によつて(こゝに運行とは、車が停止している場合をも意味することは明らかである。)他人の生命を害したということができるから、被告において同条所定の免責事由の立証を尽さない限り、被告は右生命侵害による損害賠償責任は免れないというべきである。

二そこで被告の抗弁について判断する。

先ず本件事故発生の原因およびそれが何人の如何なる過失に基因するかを検討する。成立に争のない乙第二ないし第一三号証と前掲証拠を綜合すると次の各事実が認められる。

(一) 被告方運転者阿部豊実(一八才一一月)は前記のようにしてトラックを車道に出すにあたり、同乗の助手石岡進(一八才二月)をトラックの左後方車道上(後記駐車中の自動車よりやゝ中央寄り)に立たせてその誘導によつて緩い速度で車を後退させ前記衝突地点に近づいたところ、偶々石岡は入舟十字街方向約四〇米のところに驀進接近してくる被害者の車を発見したのでこれを先に通過させようと考え、急遽阿部の方に向つて両手をあげると共に「ストップ」の掛声をして停車を合図し、阿部は右合図にしたがつて直ちにブレーキペダルを踏んだ結果、トラックが停止したと思う間もなく被害者の車が石岡の右側を通過して右トラック左後側端尾灯付近にぶつかつたこと(なお右トラックが後退中にエンジンストップし、或いは又停止直前に急にとびだしたような事実を認めうる証拠はない)。

(二) 入舟大通りは、十字街から右地点にかけて勾配度一〇〇分の五の下り坂であるが、現場付近の車道巾員は約一二米であつて(右トラックの最突出部分が車道側端から約三、七米であつたことは既述のとおり)、当時付近には被害者の車以外には歩行車輛はなかつたこと。

(三) 被害者の車はそのとき時速約三〇粁で進行しており、衝突地点まで減速した形跡はみられないこと。

(四) もつとも当時丸尾商会前付近には右トラックから数米十字街寄りのところに小型四輪自動車が右トラックに次いで洗車すべく歩道に添つて駐車しており(車道側端から右自動車の右側部までの距離は約二、五米であつた。)、下り坂である関係上前記阿部が後退中に運転台から左方をみても右自動車によつて十字街方向の視界が遮られ、一方被害者にあつてもトラックが右自動車のかげになつてその見透しがやゝ困難な状態にあつたとみられること。

(五) 助手石岡進は阿部に対して停車の合図をしたにとゞまり、被害者に対しては何等の指示をしなかつたが、それは同人が指示するまでもなく当時の状況上被害者の車が当然安全に通過しうると判断したゝめであること。

以上の各事実に照らして考えてみると、本件事故は一に被害者の過失(前方注視義務違反)に起因するものとみるのが相当である。

すなわち、被害者が前方を注視して安全を確認しながら車を進行させていたとすれば、たとえ前記駐車中の自動車のために本件トラックに対する見透しが困難であつたにせよ、当然トラックの左後方で被害者からも見透し可能な地点に立つてその後退を誘導していた助手石岡の挙動、ひいてはトラックの動きをとらえることができたであろうし、加うるに付近が下り坂のことゝて被害者がにわかに障碍物を発見したときに急停車の措置がとれる程度に減速していたとすれば(被害者の車は当時時速約三〇粁で、これは第一種原動機付自転車の最高制限時速に該当する。)現場付近の車道巾員、前記交通量等の点からみても、急停車若しくはハンドルを右に切ることによつて容易に本件事故発生を避けることができたであろうと考えられるからである。もつとも助手石岡が阿部に対すると同様被害者に対しても何等かの合図をしていたとすれば、或いは本件事故発生を避けることができたかも知れないということが考えられない訳ではない。しかしながら石岡がかゝる措置をとらなかつたのも当時の状況による前記理由に基くものであつてみれば、経験則上それも無理からぬところであつて、被害者の過失を否定すべき事由たりえないであろう。

次に被告およびその運転者が運行に関して注意を怠らなかつたかどうかをみるに、(証拠―省略)によれば、被告会社においては社長の監督下にある車輛係長赤塚幸蔵が車輛(当時本件トラックと乗用車各一台があつた)を管理し、運転者が車を使用するときは右赤塚の許可えて同人から鍵を借受けることになつており、当日も阿部は赤塚の許可をうけて車を持出したものであること、右阿部および他の被告方運転者にはいずれも事故歴がなかつたこと、以上の事実が認められ、また前記認定事実によれば、運転者阿部およびその補助者たる石岡は未成年者であるが、阿部はその当時安全確認のために石岡を車道上に立たせて車を誘導させており、しかもその方法等において通常必要とされる注意義務に尽して落度はなかつたと考えられるから(石岡が敢て被害者に対して何等の合図をしなかつたことが責めるに値しないことは既述のとおりである)、本件の場合被告およびその運転者たる阿部は自動車の運行に関して注意を怠らなかつたと認めるのが相当である。

なお前記乙第一号証、証人(省略)の証言によれば、本件事故当時右トラックにはハンドル、ブレーキ等をはじめその構造、機能上何等の欠陥障害がなかつたことがたやすく認められる。

かような訳で本件にあつては、被告およびその運転者は自動車の運行に関して注意を怠らなかつたこと、本件事故については被害者に過失があつたこと、自動車に構造、機能上の欠陥ないし障害がなかつたこと、以上の各事実を肯定することができるから被告は損害賠償責任を負わないものというべく、被告の抗弁は正当といわなければならない。

三よつてその余の点について判断するまでもなく原告らの請求は失当であるから全部これを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を夫々適用して主文のとおり判決する。

札幌地方裁判所小樽支部

裁判官 斉 藤 次 郎

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例